創業者 原田幹夫の知られざる趣味

青春の撮り鉄時代

原田幹夫 趣味 SL

創業者 原田幹夫の知られざる趣味

院長スマイルデザインマスター原田幹夫は、子どもの頃から 鉄道写真が好きでした。小学生、中学生の頃は まだ蒸気機関車 ( SL ) が現役で客車や貨車を引いていた時代で、今で言うと 撮り鉄のようなことをしていました。

当時住んでいた横浜市の鶴見でも何とSL が走っていたのですよ。小学校の近くに鶴見川があって、そこの橋を渡る姿がとても好きでした。当時はSLの撮影名所が日本全国にあって、例えば北は宗谷本線の南稚内の近くに利尻富士と日本海をバックに列車を撮影したり、福島県の会津若松から出ている会津線や只見線あたりは新緑や紅葉、積雪の季節に橋を渡る列車を撮影したり(寝袋を持って無人駅の待合室で凍えそうになりながら泊まったこともあります。 見回りのおじさんが来たのですが、見逃してくれました。そんな時代でした。

各地での思い出

関西の山崎あたりにSL 特別列車が走るということで、早朝から撮り鉄 集団が陣取っていると、それが日曜の朝だったせいか、線路沿いのお家にとっては非常に騒がしかったらしく、関西弁で怒鳴られたり、九州では、炭鉱がまだ普通にあり、石炭を積んだ貨車が軽く20両以上、一体どこまできたら、終わりになるのだろうというくらい、超長蛇の貨車列をSL が力強く引っ張っていましたね。
また、福岡県のある駅では、列車から降りようとドアの前に立っていたら、車内のお客さんが「危ないから脇に立ってなさい」というので、「?...」と思っていたら、列車が駅に着くや、プラットフォームにいた労働者の集団が座席めがけて我先にとダッシュ! まあ、荒くれ男というか高度成長期の日本だったのか、今では考えられないような活気があった時代に父から買ってもらったコニカC35というコンパクトカメラと母が友人からもらった一眼レフのキャノンのカメラ、そして三脚に中古で買った望遠レンズを携えて日本全国をお年玉で頂いたお金で旅行していました。

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今でこそ、鉄道写真を撮影するために全国を股にかけることはしないですが、出張先で珍しい列車があると、カメラでパチリとやっています。今は飛行機が手軽な値段で全国各地に運んでくれますが、時間を作って少し移動時間がかかっても、車窓を見ながら、現地の駅弁を食べながら、列車で旅をしたいです。

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