千葉県千葉市の歯医者,歯科医院 医療法人社団青慈会 笑顔スマイル空間・原田歯科クリニック:千葉市若葉区桜木町10-6(桜木消防署近く) 歯科・小児歯科・矯正歯科・インプラント(人工歯根)・審美歯科
毎日の疲れを癒しに、そして歯の健康を通じて全身の健康を獲得維持して下さい。 ☆当クリニックは、 国家資格の歯科衛生士が常駐しており、
良質なケアをできるよう心がけています。各種健保取扱・急患の方は随時受付 健保でも各種クレジットカード使えます。 分割払いも可能です。 TEL 050-3584-9895、043-232-9988
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☆創業者 原田幹夫 自己紹介
私は、神奈川県横浜市で生まれました。
生まれてすぐ新生児破傷風に罹り、生死をさまよったという話を子供の頃、よく両親から聞きました。
私は8月30日生まれなのですが、本当は出産予定日より約1ヶ月遅く生まれたそうです。
それで平均的な新生児より体が大きかったため、体の抵抗力が強かったのか 助かったそうです。
それから当時担当した小児科の先生が名医だったお蔭で生き延びることができたそうです。 
実はクリニック開業後しばらくして交通事故であわや! ということがあったのですが、助かりました。
こんな私なので、何かつらいことがあったときには、今まで死を乗り越えてきた貴重な経験をしているのだから、何でも乗り越えてみせると自分に言い聞かせてきました。
その後、横浜の鶴見に20年以上住みました。
鶴見というのは、横浜市にありますが、鶴見川という川を渡るとすぐ隣は川崎市で、いわゆる港ヨコハマのイメージとは違う町です。
鶴見の駅から歩いて3分という交通利便なところに住んでいたのですが、何せテレビ神奈川のアナウンサーまでもが、「川崎市鶴見区」と間違うくらいで、京浜工業地帯がある町です。
ただ私の住んでいたところは、大本山総持寺という大きなお寺が近くにあり、子供の頃よく父に遊びに連れていってもらい、そこでキャッチボールしたものです。
私は一人っ子なのですが、私が生まれたときに母もとても大変な思いをしたため、父が気遣って子供は1人でいいと言ったそうです。

中学は都内の有名校を受験したのですが、念願かなわず そのときまで学校の名前すら知らなかった桐蔭学園という学校に入ることになりました。
この学校は当時横浜市緑区という横浜の北部、東京都町田市に近いところにあり(夏目漱石の弟子の佐藤春夫という作家の『田園の憂鬱』という小説の舞台になった場所の近くにあるのですが、今でものどかな田園地帯です)、通学するのに電車とバスを乗り継いで1時間半近くかかり、当時の私は今と違って体も小さく、体力も決してあるほうではなかったので、通学がつらいこともありました。
そして中学1年のときにとんでもない経験をすることになりました。
夏の甲子園高校野球で我が桐蔭学園の高校が初出場で優勝してしまったのです!
こちらは何しろ中学入学1ヶ月前までその存在すら知らなかった学校ですから、野球が強いなんてことはもちろん知りません。
従って甲子園に出場したのも何かのまぐれだろう(当時から神奈川県は強豪ぞろいで出場校も多く、今から思えばまぐれで出られるほど甘くはありません)ということで1回戦の愛知県代表 東邦高校戦だけは応援に行きました。
これが変な試合で、クリーンヒットやホームランが出てランナーがホームインしてきたのではなく、プレーが中断しているような状況で、桐蔭の奇本監督が腕をグルグル回して選手がホームインし、結局それが決勝点になって以後の試合はトントン拍子で勝ち進んでしまったのです。
2回戦以降は、学校が夏休みだったこともあり、私はどこかに鉄道写真を撮りに行っていたので、高校野球はテレビ観戦すらしていませんでした。
そうです。
私の小学校高学年から中学生のときの趣味は蒸気機関車の写真撮影だったのです。
お年玉を貯めて北海道から九州までユースホステルを泊まり歩いて(ときには無人駅に寝袋を持ち込んで野宿して:おっと有人駅の苫小牧駅や会津若松駅の待合室でも野宿しましたね)よく撮影旅行に行ったものです。
当時の日本は蒸気機関車が日本からちょうどなくなろうとする時期で、全国にカメラ小僧が三脚片手に大勢撮影しに来ていました。
当時は今ほど物騒ではなかったので、無人駅の待合室が夜中の列車が走っていない時間帯に鍵をかけられるということはなかったようです。
そういえば夜中におじさんが見回りに来たところもありましたが、こちらはどう見ても家出少年には見えなかったと思いますから、無人駅の待合室に泊まることは大目に見てもらえました。
でも高校2年くらいのときには、日本からほぼ商業用の蒸気機関車は消えていましたから、私の鉄道写真の趣味も自然消滅しました。
さて中学からそのまま桐蔭高校に進学した私でしたが、当時の桐蔭高校はスポーツだけでなく、勉学のほうでも全国レベルを目指してましたから、私も何となくその路線に乗ることになり、将来何になりたいかではなく、まずは有名大学に入ることが目標になりました(ただ当時から予習、復習の大切さをたたきこまれ、これは今でも診療の前日には必ずカルテに目を通し、診療後も全歯科医師、衛生士のカルテを点検するという風に活きています)。
今から考えるとペース配分を誤ったかなと思うのですが、高校2年の夏休みは毎日13時間くらい全く外出もせず勉強して(今だったらまず朝起きたら水を飲んで、室内でトレーニングしてからジョギング、シャワーを浴びたら呼吸法ですね)、たまの登校日に外に出ると別に睡眠不足だったわけではないのですが、フラフラして家に帰ってくると何だか体調悪くて という状況だったのですが、夏の勉強の成果が出たのかその秋か冬に全国一斉の試験のようなものがあったのですが、そのときは学内でもトップクラス、全国でも確か100位以内に入ることができました。
しかし、その後風邪をひいたあと、どうも鼻の調子が悪くなり、近医で手術を受けたのですが、全く改善されず、医者に対する不信感のようなものをしばらく持っていました。
それからは物事をマイナスの方へマイナスの方へと考えるようになり、結局は受験もうまくいかず浪人することになり、親に迷惑をかけました。
浪人したときに素直に当時学校の担任の先生から勧められた予備校に行けばいいものを、当時愛知県から東京に進出してきた関東では全く実績のない予備校に、その宣伝文句につられて入り、このときもかなり勉強したのですが、予備校での試験ではかなりいいところに行くのですが、口の悪い友人の「本番に弱い男」などという言葉を聞くと本気でそう思いこんでしまい、結局志望校に入ることができませんでした。

このときはさすがに自分というものに自信をなくしてしまい、2年目の浪人生活では予備校も単発的な講座を週に数回受講するにとどめ、あとは通信添削のコースを受講することにし、そして実は高3のときは工学部、1浪のときは医学部を志望したのですが、今度はもっと自分が何になりたいのかを本当に真剣に考えるようになり、歯学部に絞ることにしました。
そして何と社会勉強のため話し方教室に通ったりもしました。
これは今でも役に立っています。
それは話し方のテクニックを学んだだけでなく、明るいものの考え方の大切さを学んだのです。
そして松下幸之助さんのエピソードから素直さの大切さについても学びました。
実際体力をつけることの大切さを痛感した私は2浪のときにジョギングしていたのですが、そのとき何か石のようなものにつまずいて足を骨折してしまったのです。
でもこのときは、全く落ち込んだり、悪いほうへ物事を考えたりすることもなく、まあこんなこともあるさ 程度に考えていたと思います。
そして東京医科歯科大学に無事合格
大学入学を機会にそれまでのマイナス思考だった自分のイメージを変えることを決意し、名前が幹夫なので自ら自分のニックネームはミッキーと ことあるごとに名乗ることにしました。
医科歯科大学に入ってびっくりしたのですが、新入生の平均年齢が何と22歳だったのです。
これは高卒後何年か浪人してから入学してきた人だけでなく、他の大学や大学院を卒業、中退して移ってきた人や、人も羨む超一流企業を退職して入ってきた人など様々でした。
こうなると自分が2年浪人してきたことなど実にちっぽけなことで、コンプレックスも何もありませんでした。
そして新入生のオリエンテーションが八王子のセミナーハウスで行なわれたときに、自分はミッキー原田である!と自己紹介しました。
さて大学では当時流行っていたテニスをやることにしました。
当時はボルグとマッケンロー、ジミー・コナーズ、女子ではナブラチロワが全盛期で、テニスはちょっとしたブームでした。
当時の男子の医科歯科大学テニス部は全盛期で、医学部歯学部だけのリーグ戦では毎年のように優勝、一般の大学も加盟していた関東大学リーグでは7部まであったのですが(6部プラスその他大勢ということで、6部までは1部につき確か5つか6つの大学から構成されるのですが、7部は一体何校あるのかわかりません:つまり7部に落ちるとそこから這い上がってくるのは至難の業と言われていました)、医科歯科大学は5部に在籍し、4部との入れ替え戦に出るまで行ったのです。
そこで私は医学部歯学部全体の中ではレギュラー選手にはなれませんでしたが、結構体育会系のノリで練習に明け暮れていました。

さて、大学を卒業後ですが、研究者になるつもりはなく、最初から臨床家をめざしました。
大卒後、きちんと診療しているところで長く勤務医をやろうと考え、昔は医科歯科大学での診療は半年待ちなどという時代だったのですが、半年も待てない患者さんを紹介していた当時池袋にあった先輩の歯科医院に勤務することになりました。
そこは定期的に外部から講師を呼んで勉強会をやったり、歯科衛生士による健診も真面目にやっていた医院でとても勉強になりました。
そこでは当時インプラントもやっており、私も卒業した年からインプラントをやっていました。
私はそれほどお金があったわけではなかったこともあり、きちんとした治療を勤務医として長くやろうと考えていたのですが、たまたま出た開業セミナーで講師の先生が開業、しかもテナントでなく土地を買っての開業について熱く語るのを聞くと、何だか夢がふくらんでしまい、もうこうなると誰も自分を止めることができない状態になってしまい、大卒後約2年で開業することになりました。
物件探しに木更津に行ってそこにいい土地があったのですが、金融機関からの融資がおりず断念したことがありました。そういえば、当時担保になるゴルフ会員権を持ってますか?などと聞かれたこともありました。
そういう時代だったのですね。
今 開業している土地を見に行ったときは最初からここを目当てで行ったのではありません。
本当は近くにあいている土地があるから と、当時勤務先に出入りしていた歯科材料屋さんと一緒にクルマで見にいったのですが、そこは奥まったところにあり、誰が見ても歯科医院に向いている土地ではありませんでした。
それでたまたま近くにあった不動産屋さんにいい物件はないかと聞いたところ、今開業している物件を教えてもらい、昭和62年に開業、今に至っています。
★小さなお子様がいて なかなか歯の治療に来られない方へ
◎ 常勤のプロの保育士が、お子様を みますので お子様連れで安心してご来院下さい
(治療中の保育については、保育料金は無料です)。 もちろん、おもちゃも消毒しています。 
キッズルームがある医院は増えてきましたが、常勤の保育士がいる医院は少ないと思います。
○ 初診で託児が必要な方は、予約の際にその旨 お伝え下さい。

最近ではむし歯菌や歯周病菌が親から子へと感染することがわかっています。お母様やお父様の歯の治療や予防をきちんと行ない、お口の中のむし歯菌や歯周病菌の数を減らしておくことによって、お子様への感染を減らすことができます。
当クリニックは平均的な医院よりもスタッフ数が多いので、治療中 お子様をみていることが可能です。
早めに治療しましょう。

☆ 小さなお子様でも楽しく治療を受けています。

★キーンという歯を削る音が苦手な方、痛みに弱い方へ
歯を削るキーンという音 イヤですね。当クリニックではなるべく騒音が少ない器具を併用しております。
また器具を置くお皿(トレー)も 吸音バットという ガチャガチャという音がしないものを使って、患者さんに必要以上に緊張感を与えないよう配慮しております。
またミュージックピロー(音楽枕)を使っており、お好きなMD(ご自宅から持って来て下さってもOKですし、クラシック・ジャズ・喜太郎・アンパンマン・東儀秀樹・エンヤ・ウールーチンなど種類豊富にそろえております)を聞きながら、リラックスして治療を受けることが可能です。
アロマオイルのあるリラックスした空間での施術をしております。 
東洋医学のツボ刺激療法・低周波治療を利用して、痛みの少ない診療を心がけています。
さらにはミュージックピロー(音枕)で音楽を聞きながらの 施術が大好評です!
☆明るく開放感のある個室診療室 
各ユニットは感染予防対策完備です。また、全ユニットに口腔外バキュームを配置し、粉塵が室内に飛び散らないよう心がけています。
さらに、待合室、廊下、オペ室には業務用のハイパワーの空気清浄機 兼 マイナスイオン発生装置を配備しており、細菌やウィルスを除去するだけでなく(花粉の季節にこの空気清浄機のある施設に来ると花粉症の症状がピタリと止むと言われている優れものです。またこの空気清浄機を導入した医院で職員が風邪ひいて休むことが激減したというデータもあります)、森林の中のような心地よい空気を提供しております。
何よりこの効果を実感しているのは院長で、仕事中にイライラすることが全くなくなり、忙しくても自然と言葉遣いが丁寧になっているのを感じます。
☆お口の中の状態(むし歯の有無、歯周病の状態、磨き残しがどこにあるかなど)を当クリニックでは、印刷したパンフレット(わかりやすい解説付き)を渡すことにことによって、単にわかりやすい説明をするだけでなく、家で何回でも見ることができるように心がけています。これにより、説明されたことがわからなくなることがだいぶ減りました:
実はこのお口の健康ノートが大好評で、「○○さんが健康ノートをもらったので、私も欲しい」という方が続出し(つまり今までは術者から一方通行の説明になっていたのが、対等の立場でコミュニケーションがとれるようになった)、うれしい悲鳴を上げています。
☆スタッフの皆さん、毎日 お口の中の記録、コンピューターへの入力、そして印刷と ありがとうございます。
☆コンピューターで診療予約をおとりすることにより、電話で長時間保留にすることが激減しました:
コンピューターでの予約なんて当たり前だと思うかもしれませんが、千葉県千葉市の歯医者では まだまだノートと鉛筆で予約しているところが9割以上です。現在、当クリニックでは受付だけでなく、各個室診療室にも予約用のコンピューターを配置し、また電話回線がなるべくお話中にならないような工事をすることにより、以前のようにお待たせすることが少なく、またキャンセル待ち予約にも十分に対応できるような体制になりました。
★基本に忠実で ていねいな診療
この写真は根の中の治療をしているところです。歯にかけている(口唇が透けて見えています)のは、ラバーダムといって、歯科の先進国
欧米では 必ず使用しているものです。これによって、根の中に唾液や細菌が入るのを防ぎ、治療成績が向上し、医療事故も防ぐことがわかっています。
しかしながら、日本の歯科医師は歯科大学でラバーダムについて必ず習うにもかかわらず、面倒くさがって使わない人がとても多いと言われています(保険点数が低く
材料代がかさむのも使わない理由らしい)。
千葉県千葉市の歯医者 原田歯科クリニックでは、常に患者さん中心に考え 最新の技術を積極的に取り入れてゆくだけでなく、こうした
基本的なところを大切にしてゆきたいと考えております。
★患者様の希望に合わせた治療
当クリニックでは治療だけでなく、予防にも力を入れております。しかしながら、これは 例えばきちんと歯を磨くことができない人は治療しない
ということでは決してありません。
患者さんにも色々と事情があるでしょうから、患者さんにとってベストな治療計画だけでなく、その他の治療計画もいくつか提示するよう心がけております。
治療方針についてご希望がありましたら、どうぞ遠慮なくおっしゃって下さい。もちろん医学的に正しくないことは正しくないとはっきり言います。
☆歯石を除去するのに何度も何度も通わされるし、あとで歯がしみてくるといったことが少なくなっています。
スイスEMS社の超音波歯石除去装置ピエゾンを使うことにより、歯ぐきの中の歯石(縁下歯石:これを除去しないと
歯周病は治りません)を従来のハンドスケーラーでガリガリやるのに比べて、約3分の1の時間できれいにすることが
できるようになり、術後の知覚過敏は大幅に減少しました。
世界の歯周病学の総本山スウェーデンのイエテボリ大学でもこのピエゾンを標準で使っています。
技術は確実に進歩しています。
そしてそれを患者さんに還元するのが私たちの使命です。 
☆レーザーを使ってむし歯があるかどうかを調べる装置を導入しました。むし歯の見落としが減ることが期待されます。

★スタッフにはきびしく、患者様には やさしく、を心がけています。 
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☆原田院長のミッション
私の人生の目的は、お口の健康を通じて人々を幸せにすることである!
★分院は作りません(原田院長は実業家ではありません。患者さんからいただいた治療費は、次の患者さんのために使うようにしております)。皆さんはチェーン店のようなところで治療を受けたいでしょうか?
以前おいしかった西洋料理のレストランが某役所内に支店を出した途端、本店の方の味まで落ちてしまった例があります。
★原田院長が心がけていること:
・十分に説明する。患者様の言うことによく耳を傾ける。
・昔話と自慢話はしない。
・「一応」、「とりあえず」、「あのー」、「えーと」 という言葉を使わない、スタッフにも使わせない。
★好きな言葉
人は信念とともに若く、疑惑とともに老いる。
人は自信とともに若く、恐怖とともに老いる。
希望ある限り若く、失望とともに老い朽ちる。
夢なき者に理想なし、理想なき者に信念なし、信念なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成果なし、
成果なき者に幸福なし というフレーズも好きですね
★いつも感謝していること
・原田院長は、目がいいです。近視も遠視も経験したことがありません。これは歯科医師として大きな利点です。両親にはいつも感謝しております。
・スタッフに感謝、妻に感謝。
☆原田院長の将来の夢: 世界には貧しい人々が大勢います。
貧困や飢餓というとアフリカのことが思い起こされるかもしれませんが、同じアジアの中でも例えばミャンマーでは多くの人がひどい状況に
置かれています。
今の自分にできることは、募金したり寄付したりすることくらいですが、
将来セミリタイアしたら世界の貧困の解消のために 何かお手伝いできれば と思っています。
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さらに、待合室、廊下、オペ室には業務用のハイパワーの空気清浄機 兼 マイナスイオン発生装置を配備しており、細菌やウィルスを除去するだけでなく(花粉の季節にこの空気清浄機のある施設に来ると花粉症の症状がピタリと止むと言われている優れものです。またこの空気清浄機を導入した医院で職員が風邪ひいて休むことが激減したというデータもあります)、森林の中のような心地よい空気を提供しております。
駅前バスターミナル右側 9番、京成バスほおじろ台経由千城台車庫行き乗車(必ずほおじろ台経由のバスに乗って下さい。違う経由のバスに乗ると着きません)、約15分(バスは1時間に3〜5本出ています)、加曽利中入口(かそりちゅういりぐち)下車、バスの進行方向に向かって最初の信号を左に曲がって2軒目(原田歯科クリニックの看板が出ています)。
タクシーの場合は、桜木消防署を目指してもらい、消防署の少し手前の信号を桜木県営住宅の方へ左折して2軒目が当クリニックになります。
モノレールの場合は、千城台北駅で下車し、そこから京成バスでほおじろ台経由の千葉駅行きのバスに乗って下さい。ただ、必ずしも便利ではありません。モノレ−ル沿いにお住まいの方以外は千葉駅からのほうが、はるかに便利です。
●住所が桜木町なのでモノレールの桜木駅で下車された方が以前いましたが、歩いて30分くらいかかるのと、道順が複雑なので、
その近辺の方以外はお勧めしません。 が、強いて言えば加曽利貝塚を目指し、そこから桜木県営住宅を抜けると医院に着きます。
○高速を使って来られる方へ:
・東京方面からなら京葉道路貝塚インターで降りて、京葉道路と平行している道沿いに走り貝塚トンネルを抜けてゆるい上り坂を登りきった最初の信号を左折、しばらくして桜木町の交差点(正面左にパチンコパルコの派手な看板が見えてきます)を直進、小倉台、千城台方面へ;坂を下り上って、桜木町の交差点から3つ目の信号(途中2つは歩行者用の小さい信号です)を左に曲がって3軒目です。
・木更津方面からなら京葉道路松ヶ丘インターで降りて、そのままずっと京葉道路と平行して走って下さい、初めていらっしゃる方だとかなりの距離を走るように感じるかもしれませんが、しばらくするとホンダプリモの看板が見えてきます。そこの信号を右に曲がって下さい。次の信号を直進しその次の信号が桜木町の交差点です。
桜木町の交差点(正面左にパチンコパルコの派手な看板が見えてきます)を直進、小倉台、千城台方面へ;坂を下り上って、桜木町の交差点から3つ目の信号(途中2つは歩行者用の小さい信号です)を左に曲がって3軒目です。
◎成田空港からの道順:
JRの快速(1時間に1本出ています)または普通電車の千葉、東京方面行きに乗り(約1時間で着きます。成田エクスプレスは千葉駅を通過するものがあるので切符購入時に確認願います)、千葉駅で下車。
以下は上記 千葉駅からの道順を参照願います。
◎羽田空港からの道順:
千葉駅までのバスを利用されると便利です(渋滞しなければ約1時間で着きます)。
以下は上記 千葉駅からの道順を参照願います。
◎新幹線東京駅からの道順:
総武快速線の千葉方面行き(津田沼行き以外はすべて千葉駅に停まります)に乗り、約50分で千葉駅に到着。
以下は上記 千葉駅からの道順を参照願います。



医院の裏にもある駐車場の写真
緑のロゴマークが目印です★院長、並びにスタッフは各種学会・研修会に出席することが多く、診療日が変更されることが時々あります。来院前に御電話下さい。
☆診療日と診療時間: 月火水金;9:30〜19:00、土;9:30〜18:00、日曜祝日は休診、
木曜は不定期診療(祝日のある週は祝日を休診にして同じ週の木曜に診療することが多いです。
詳しくはお問い合わせ下さい)。
● はっきり言います。健保での歯科治療、施術には限界があります。
世界の国を見ても、健保で満足のいく歯科治療・施術を受けられる国は恐らくありません。
例えば、アメリカでの歯科治療が民間保険で一部カバーされ、無保険者が大勢いることは有名ですが、社会福祉が発達していると思われているスウェーデンでは健保の自己負担率が何と7割負担、金属冠は健保適用されず約10万円の自己負担、定期的な歯のクリーニングが毎回1万円から2万円かかる、韓国では冠をかぶせたり、入れ歯を作るのは自費、ロシアなど旧共産圏諸国の人の歯が悪いのは有名な話です。
つまり、1回の施術時間が長くかかり(その分 医療スタッフの人件費がかかります)、通院回数がかかる歯科治療は健保にそぐわない傾向がどうしても避けられません。
私たちは、健保のワクにとらわれず、あなたにとってベストな方法を提示します。
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